【〈連載〉在宅医からみた地域社会 ~10年後、20年後のニッポン~】
平均熟眠時間考慮し生活支援を
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」をご存じだろうか。
高齢者に対して投与すべきでない、あるいは投与に当たっては慎重に判断すべきとされる薬を日本老年医学会が中心となって取りまとめたものだ。中でも特に注意が必要とされているのが「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」。聞き慣れない名称だが、具体的には睡眠薬や精神安定剤など、中枢神経の働きを抑制する一群の薬物だ。
これらの薬は高齢者の意識レベルを低下させ、転倒・骨折や誤嚥性肺炎のリスクを高める。また長期に服用すると認知症発症のリスクを高め、認知症の人においてはBPSDを悪化させる可能性もある。さまざまな意味で危険な薬だ。しかし多くの高齢者が、このベンゾジアゼピンを服用している。
夜中に目が覚める、あるいは熟眠できないと訴える高齢者は少なくない。しかし、この高齢者の不眠は実は生理的なものだ。熟眠できる時間は加齢とともに短くなっていく。75歳を超えると平均熟眠時間は4.5時間。夜の9時にベッドに入れば、夜中の1時半に目が覚める。つまり高齢者にとっては、これは中途覚醒ではなく「朝の目覚め」なのだ。
身体が長時間の睡眠を求めていないのだから、朝まで無理に寝なければならないということはない。日中に眠くなったら昼寝をすればいい。また、どうしても朝まで寝たいのなら、就寝時間を遅らせればいい。若者と同じように夜中の0時に就寝すれば、少なくとも5時頃までは眠れるはずだ。
ちなみに日本では睡眠薬として使用されているのは入眠導入剤、つまり寝つきを良くする薬だ。長時間熟眠させる効果はない。また、途中で目が覚めたタイミングで入眠導入剤を追加服用すると、血中濃度が高くなる。覚醒が悪く朝食が食べられない、朝トイレに行こうとして転倒した、などのコールをよく受けるが、入眠導入剤を服用している高齢者の場合、これらの影響を考える必要がある。
老人ホームなどでは、一定の時間までに入居者を就寝させたいという介護側のニーズで、早い時間に睡眠薬が投与されていることがある。しかし、これは入居者のためのケアとは言えない。高齢者は長時間眠れないもの、という前提で、生活の支援を考え直すべきだ。
また安定剤が手放せないという高齢者も多い。代表的な「デパス」もベンゾジアゼピンだ。イライラから肩こりまで適応が広く、非常に多く使用されている。そして、飲み始めると簡単にはやめられない。患者は薬をやめることに不安を訴える。しかし、実はこれは不安ではなく依存だ。
ベンゾジアゼピンには依存性が強いという側面もあるのだ。だから欧州では1ヵ月を超えての投与は厳しく制限されているし、多くの先進国では精神科医でなければ処方できない。日本は国際的にみてもベンゾジアゼピンの消費量が著しく多く、これが高齢者のQOLや生命予後を悪化させている可能性が否定できない。
なお、このガイドラインはネットから無料でダウンロードできる。
高齢者ケアに関わる仕事をしている方は、ぜひ一度目を通していただきたい。
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20170808_01.pdf
佐々木淳 氏
医療法人社団悠翔会(東京都港区) 理事長、診療部長
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。
三井記念病院に内科医として勤務。退職後の2006年8月、MRCビルクリニックを開設した。2008年に「悠翔会」に名称を変更し、現在に至る。
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