介護職員処遇改善加算や技能実習生に介護職種が追加されるなど、介護の担い手不足解消に向けた施策が強化された1年だった。また、次期介護・医療報酬改定の議論を踏まえ、生産性向上を目指す事業者も増えた。AIやVR、ICTなどの最新技術を活用し、業務改善や重度化予防などに活かす実証実験を行う事業者も現れている。今年1年の出来事を振り返る。
技能実習に介護追加「入門的研修」創設へ
介護人材
政府は12月、政策パッケージの中で、勤続10年以上の介護福祉士を対象に月額平均8万円相当の賃上げを行うことを盛り込んだ。また、2018年次期介護報酬改定において0・54%の引き上げを行うことを決めた。「介護離職ゼロ」実現のためとの見方が強く、プラス改定は12年以来6年ぶりだ。
改正入管法で「介護」も在留可
介護人材不足の解消に向けた動きも多かった。11月1日に改正技能実習制度が施行され、外国人技能実習生の職種に介護が加わった。また、9月には改正入管法が施行され、在留資格に「介護」が追加された。新たに介護福祉士となった外国人留学生は最大5年の在留資格が得られ、その後も繰り返し更新できるようになった。
子育てがひと段落した未就業の女性や退職後の中高年齢者など、介護人材のすそ野を広げるための施策も打ち出された。厚労省は2018年度より「入門的研修」を導入する。介護に関する必要最低限の基礎的な知識・技術を学ぶことで現場に入りやすくするのが狙いだ。
現在の「介護職員初任者研修」は130時間の研修修了により訪問介護の提供が可能となる。入門的研修では、この半分程度の時間数とする案が提示されている。厚労省社会・援護局は「社保審などで議論されている『生活援助における人材確保』とは別物で、デイサービスや介護施設などでの人材確保が狙い」とコメントしている。初任者研修や実務者研修との明確な住み分けを念頭に置いた受講科目とすることも固めている。
訪問介護における生活援助サービスの新たな担い手として、「初期研修」を導入する方針も打ち出した。生活援助に必要な知識に特化し、利用者の状態把握や認知症に関する基礎知識を盛り込む方向が示され、研修修了者を常勤換算できるようにする意向だ。
最新技術
介護・医療業界におけるAI活用の動きが加速した1年でもあった。産業革新機構(東京都千代田区)、セントケア・ホールディング(同千代田区)らは4月、AIによるケアプラン作成を行う新会社シーディーアイ(同)を設立。自立支援や重度化予防につながるケアマネジメントに向けたシステム開発・提供を目指している。11月には、愛知県豊橋市内のケアマネジャー33人の協力を得て、日本初となるAIによるケアプラン作成の実証を開始。サービス提供は2018年4月を予定している。セントケア・ホールディングの村上美晴会長は、シーディーアイへの出資理由について「日本の介護業界には蓄積してきた知的資産がある」と話す。AIは、数値化した介護のノウハウや利用者の健康状態などのデータを学習し、新たな情報に変えることができるのが強み。ケアマネジャー1人で行う仕事には限度があるが、AIなら何万人でも対応可能で、予測による重度化予防への期待も高まっている。
人工知能利用医療費低減へ
医療分野でのAI技術の利用も進んでいる。AIによる遠隔健康診断の実現に向けて、芙蓉開発(福岡市)は医療法人芙蓉会(福岡県大野城市)と共同で、AI遠隔健康モニタリングシステム「まいにち安診ネット」を開発。2017年度厚生労働科学研究「臨床研究等ICT基盤構築・人工知能実装研究事業」に採択された。高齢者等の疾病の早期発見・重症化予防にAI技術の活用がどの程度貢献できるのか研究し、エビデンスの創出を目指している。
医療費低減に向けたAI活用も始まっている。日立製作所(東京都千代田区)とPartners HealthCare(米国)は12月、AIを用いて心疾患患者の再入院リスクの高精度な予測に成功。患者に適切な再入院予防プログラムを実施することで、患者1人あたり年間約80万円の医療費低減効果が見込めるという。
VRによる研修事業も広がった。シルバーウッド(千葉県浦安市)は、認知症についての症状や知識を深めることを目的に「VR認知症」を開発。認知症の人やその家族、介護・医療従事者などへ向けた研修やセミナーを開催。多くの事業者が利用した。
ヒューマンライフケア(東京都新宿区)は10月、独自に「ちょっと待って」などの言葉で利用者を拘束するスピーチ・ロックと危険予知訓練の2つのVRコンテンツを製作し、VRを活用した教育研修を開始している。2017年度中に全191事業所での実施を予定しており、より効率的・効果的なスタッフの育成とケアの質向上を目指している。
事業承継
今年もM&Aや事業承継などが活発だった。ソラスト(東京都港区)は10月、ベストケア(松山市)の全株式を32億9500万円で取得した。ベストケアは、デイ28ヵ所、ショートステイ3ヵ所、居宅介護支援事業所2ヵ所、訪問介護1ヵ所、訪問看護1ヵ所の計35拠点を運営。理学療法士や作業療法士などの専門職種による機能訓練を強みとしたサービス展開を行っており、愛媛県においては高い市場シェアを確立していた。
ソラストは現在、関東・関西圏、名古屋地区を中心に、全国で280以上の介護事業所を運営。在宅系サービスに軸足を置いた事業の拡大を加速している。昨年度は11件のM&Aを実施したが、今年度は7月末の第1四半期で7件のM&Aを行った。なお、ソラストの主な持株比率は、大東建託が約35%、米投資ファンド CJP NC Holdings’ L.P.が約14%、東邦ホールディングスが約5%の保有となっている。
物流大手のセンコーグループホールディングス(東京都江東区)は10月、大阪でデイサービスなどを展開するビーナス(堺市)の全株式を取得し、グループ化した。ビーナスは、フィットネス型半日デイサービスやリハビリ型入浴付き半日デイサービス、訪問看護など、大阪府内で43事業所を運営していた。
センコーGHDは昨年10月、訪問介護や住宅型有料老人ホームなどを運営する、けいはんなヘルパーステーション(奈良市)をグループに加え、介護事業に参入。今年9月、山梨県などでフィットネスクラブや介護事業を運営していたブルーアース(甲府市)など3社も買収している。
また10月には、奈良市内に住宅型有料老人ホーム2施設を新設しており、介護事業を本格化している。
学習塾の運営を行う京進(京都市)は5月、介護サービス事業などを行うシンセリティグループ(大阪市)の全株式を取得し、介護事業に本格参入した。
シンセリティグループは、大阪府内を中心に関西圏で有料老人ホームやサ高住を運営。高齢者向けの食事サービス会社なども展開していた。シンセリティグループの培ってきた介護に関するノウハウと、教育・保育事業で培ってきた京進のノウハウを融合し、新たなサービス展開なども視野に入れつつ、積極的な事業展開を行っていくという。
増収増益
大手介護事業者の2017年3月期の決算では、増収増益が目立った。M&Aや業務改善などにより、介護事業に注力する上場企業の多くが介護関連部門で売上を伸ばした。
介護事業単体で最高の売上を出したのはニチイ学館(東京都千代田区)。デイの人員配置見直しにより利益はV字回復しており、保育・中国事業の部門も利益増に貢献。来期の総経常利益は60億円を目指す。
次いでSOMPO ホールディングス(同新宿区)。
SOMPOケアメッセージ減収については「内部管理体制整備のために営業活動をセーブしたことによる入居率低下が要因」と分析。SOMPOケアネクストでは営業体制の見直しを進めた結果、入居率が上昇した。7月からSOMPOケアグループとして一体運営を開始。本社部門を中心に両社兼務体制を敷くとともに、経営体制を刷新し、これまで個別に手がけていた運営や採用面を強化している。
ベネッセホールディングス(岡山市)は順調な入居者数増加により介護・保育分野で増収増益だった。今年度は新規開設を10棟程度にとどめ、既存施設の安定経営に努めている。4月に行った大幅な処遇改善による人材確保・育成で質向上を図る。
ツクイ(横浜市)は、各種加算取得が他社との差別化を推進した。在宅系サービスの売上や有老の入居者数が計画を下回ったが、サ高住は計画通り推移。人材開発事業はニーズの高さが追い風となった。
セントケア・ホールディングも増収増益だった。M&Aで得たノウハウを活用し、オランダ式、医療強化型など多様な訪問看護の展開を推進している。来期は売上高約400億円、経常利益20億円超を見込んでいる。
倒産最多
2017年の介護事業者・医療法人の倒産件数は過去最多となり、その影響を懸念する事業者が多かった。
大型倒産では、北海道一円をエリアとして介護事業を展開していた、ほくおうサービス(札幌市)が7月、負債総額43億3400万円で経営破綻した。当初は、創生事業団(福岡市)が全事業の道内23施設を承継する予定だったが、施設の土地所有者との間での家賃交渉がまとまらず、札幌など4市の8施設に関しては事業承継を断念。これにより、急きょ約340人もの入居者が転居先を探さなくてはならない事態となった。
横浜市でサ高住や住宅型有料老人ホームの運営を行っていた、エヌ・ビー・ラボが3月に経営破綻した。2006年に設立後、小規模低価格型の高齢者住宅・施設「エルスリー」の運営を主力に事業を拡大し、運営数を114棟までに拡大させていた。負債額は約14億円、債権者約1000名。現在は、各施設が地元の介護事業者などに承継されている。
デイ減少
厚生労働省がまとめた2016年度の「介護給付費等実態調査」によると、16年度の介護・介護予防サービスの年間実受給者数は前年度比1・4%増加の613万8100人。このうち、介護予防サービスは減少、介護サービスは増加している。
事業者数動向では、デイサービスが初めて減少に転じた。2006年の介護予防重視の施策以降、急激に増えていた小規模デイサービスが15年介護報酬改定の影響により減少。このため介護保険制度開始後初めて、16年度にデイの全体数が減っている。次期改定でも厳しい内容が予想される中、動向に注目が集まる。
空家活用
高齢者や子育て世代、低所得者など住宅確保要配慮者(以下・要配慮者)向け賃貸住宅として空き家・空き室を登録し、情報提供する制度の創設を盛り込んだ「改正住宅セーフティネット法」が10月25日に施行された。2020年度までに17万5000戸の登録を目指す。改正法関連の財政支援も行う。
改正法には、要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅として自治体に登録した物件への家賃、家賃債務保証費用、住宅改修費に対する補助、さらに登録物件の情報を提供する居住支援法人の新設などが盛り込まれている。増え続ける空き家を活用し、要配慮者の住宅確保を支援するのが狙い。NPO法人、社会福祉法人、不動産・賃貸管理会社などが居住支援法人として活動している。
登録制度は、空き家・空き室の所有者が賃貸住宅として都道府県などに届け出る仕組み。要配慮者が暮らしやすいよう、耐震改修やバリアフリー化することを想定し、住宅金融支援機構の融資対象に追加する。
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