地域医療・介護を担う強い組織づくりには何が必要なのか。在宅医療コンサルタントとして多くの在宅医療専門診療所の開業支援に携わり、今年3月から医療法人社団永生会永生クリニック(東京都八王子市)で地域医療のマネジメントを担う傍ら、5月には診療所経営のヒントを散りばめた「コップの中の医療村」を出版した中村哲生特別顧問と、医療紛争や行政の通達、会社の定款などの「ソフトロー」運用をめぐる法的対応を積極的に手掛ける弁護士法人フェアネス法律事務所の遠藤直哉代表弁護士に、組織の運営やマネジメントについて語ってもらった。
── 中村さんは院内政治や人間心理を題材とした書籍を出版されました。組織作りのポイントはどこにあるでしょうか。
中村 経営者は組織の大きさや成長段階に応じて、マネジメントの考え方を変えていかなければなりません。例えば小さな診療所は、朝から晩まで働いてくれるようなスーパーナースに頼ることも多いでしょうが、組織が大きくなれば、多様な働き方を認めていかなければ運営は立ち行きません。
人間関係を良好にするためにも従業員をフラットに評価する視点が必要です。特定の事業所で周囲に評価されていなかった従業員が、異動をきっかけに評価が180度変わることもあります。経営者は特定の従業員の意見に振り回されず、ニュートラルな立ち位置にいることが重要です。
── 職員が働きやすい組織作りが欠かせないということですね。
中村 また、組織が大きくなっていけば、組織外の社会資源のマネジメントも重要です。クリニックであればケアマネジャーとの関係づくりなどが該当します。
それから、人材の流動性が高いこの業界で、ほかの施設を悪く言うことは厳禁です。従業員がいつ、移るかわかりません。
「事務長の仕事は院内政治」
── 遠藤さんが深く携わっているソフトローという発想は組織のマネジメントとも共通点が多いのではないでしょうか。
遠藤 「ソフトロー」とは議会を通して制定される法律などを指す「ハードロー」に対して、行政の規則など、時代・状況に合わせて柔軟な運用が可能な通達や規則のことです。
中・大規模な組織は就業規則を整える必要がありますがこれもソフトローと言えるでしょう。現場の実情にあったルールの制定、組織の成長段階に合わせた見直しなど柔軟な運用が肝要です。施設ごとのルール作りや地域医療のマニュアルなどが当てはまるでしょう。ルールで雁字搦めにするのではなくAルール、Bルールと複数の方法を用意して状況に応じて選ぶという方法もソフトローの柔軟な運用方法のあり方です。
中村 ルールや予算を決め、チェックする。医療法人の事務長の仕事は政治に似ていますね。
「反対意見は宝の山」
── 小さな組織は独裁型にもなりがちです。
中村 決定力を持つためにはある程度のワンマン運営は必要です。利益を出すには、従業員が反対する「人がやらないこと」を進めなければなりません。特に医療制度は2年に1度見直されますが、先行者利益を獲得するためにはリーダーシップを発揮することが必要です。
ただし、反対意見には耳を傾ける必要があります。従業員の不安、できない理由の解決方法こそが、新しい市場に求められるノウハウなのです。
── 中村さんはこれまで在宅支援診療所で長く事務長を務めていましたが、この度病院に移られました。
中村 永生会は療養病床650床、急性期病床が170床、来年4月に新たに205床の病棟を開設する予定です。関連法人を含めれば1000床規模の病院になります。入院患者の1〜2割は在宅と行ったり来たりを繰り返しています。地域中核医療を担う病院として、経営上の観点からも当法人は地域包括ケア全体をコーディネートしていかなければなりません。
── 介護施設、高齢者住宅との関係づくりについて聞かせてください。
中村 有料老人ホームなどはクレーマーを作りやすい環境です。まず、家族は親を入居させていることにある種の後ろめたさを感じています。そこで入居者の不満を代弁することが、「親のために言った」との満足感を生みます。
施設の看護スタッフはその責任追及から逃れたいがため、しばしば入居者の療養上の問題を薬局や在宅医療機関など、外部のせいにします。このような看護師を責めるのではなく、チームとしていかに守っていくか、考えていかなければなりません。家族のパーソナリティを共有することがポイントです。
遠藤 通常のケアを提供しているにもかかわらず、家族が職員を虐待やセクハラで訴えるような例もあります。入居者の訴えに応じて逮捕に至った例があります。このようなケースで、施設ではなく個人が責められる環境には問題があるといえるでしょう。
── 最後にひとことずつお願いします。
遠藤 医療・介護の世界は、そこに携わる人が患者・弱者を救うという共通の目的を持っています。それぞれが地域に向き合い、美しいハーモニーを奏でてもらいたいと思います。
中村 医療は地域づくりです。いかに地域の医療資源を知り、適切な役割を分担するかがポイントです。国・行政の主導によるのではなく、患者を通じた自然なネットワークを築けていけたらと思います。
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