「科学少年」の夢は続く

 

 小学3年生の時にアイザック・アシモフの著書「われはロボット」を読み、科学者を目指すことを決めたというCYBERDYNEの山海嘉之先生。人とロボットと情報技術を融合させた新たな「サイバニクス」産業を生み出すことで、分野の垣根を超えて人類の未来に貢献したいと日々尽力する。その先に見すえているのは、きっと、人がテクノロジーに支えられながら、どこまでも人間臭く人間らしく生の営みを全うできる世の中であるに違いない。

 

山海嘉之先生

 

全て手探り、ゼロから開発

 

---そもそも先生は、なぜHALを開発しようと思われたのですか?開発における困難はありましたか?

私が「人が好き」、というところが大きいのではないでしょうか。人間は生まれ、成長し、成人となり、やがては老化し、最後は死を迎えますが、その間に事故や病気などによって身体と脳神経の機能に問題を抱えることもあります。そうした厳しい状況をテクノロジーと共に乗り越えていけないか、と思ったのです。

前編でお話しした通り、HALの「身につけるだけで人をサイボーグ化」し、脳神経・身体系の機能を改善・補助・拡張・再生する技術は、これまで概念として存在しませんでした。ですから、技術的・社会的な取り組みの何もかもが困難の連続でした。

 

たとえば、タイヤが4つにハンドルが1つ、という具合に形状が決まっている自動車とは異なり、HALの研究開発にあたっては、どんな形のものがいいのかすらわかりませんでした。何もないところから、全てを手探りでやり続けなければならなかったのです。

 

 

また、医療用のHALに対する最初の治験は、歩行などの運動機能が大きく低下する難病からでしたが、難病というのは治療法も特効薬もないわけです。この最初の宿題が、最も難しいものとなりました。さらに、医療機器には許認可が必要です。

 

しかし、その機器が既存の分野に属していない場合には、大元にかけ合って新たな分野を作ってもらうしかありません。ですから、認証機関が参照する〝ルール〞を作る側になるために、ヨーロッパに本部を構えるISO(国際標準化機構)という組織の専門家メンバーになるところから始めました。大切なのは、必要な技術を開発するだけでなく、それをどうやって社会に実装できるかを頭に描き、実現させていくことなのです。

 

世界初の「装着型サイボーグ」HALを使いリハビリに励む/提供: CYBERDYNE(株)

 

 

 

---なるほど。HAL以外にも画期的でユニークな製品を数多く開発されていますね。

CYBERDYNE社が国際特許を保有するLED光源方式の「Acoustic X(アコースティック・エックス)」は、光を体組織に照射した際に得られる音響情報によって、従来困難とされてきた毛細血管の状態を鮮明に捉える装置です。

 

糖尿病診療などでは毛細血管診察が必要ですが、高齢化に伴って細く硬くなっていく毛細血管の状態を捉えるのは容易ではありません。これも世界で初めての技術で、現在、日米欧の医療現場で使用されています。

 

 

新型コロナウイルス感染症対策として今年3月より羽田空港に緊急導入された人工知能搭載型の消毒・清掃ロボットは、世界最速、最高水準の性能で、自ら地図を作り、障害物を避け、安全に自動走行します。現在羽田空港で8台、成田空港では10台が配置・運用されており、都内のオフィスビルや大型ショッピングセンターなどでも使用されています。ここで用いられて
いるコア技術を搭載した消毒・清掃・搬送ロボットは、今年3月末の時点で国内で75台が稼働中です。

消毒作業ロボット/提供:CYBERDYNE(株)

 

 

これと同様の移動技術は、排泄支援のための「トイレドッキング型ロボット」にも搭載され開発が進行中です。数十メートル先のトイレを目指して、人を乗せて廊下を自動で走行し、目的のトイレに自動でドッキングします。座面の下の空洞部分がトイレとドッキングする設計となっており、パジャマをずらせばそのまま排泄できるという画期的なモビリティです。

 

 

---そうした技術が実用化される未来はワクワクします。先生の頭に描かれているこれからの社会とはどんなものでしょう?

人とテクノロジーが相互に支え合い共生する「テクノ・ピアサポート社会」の中で、支援技術を活用しながら、人がよりその人らしく自立的に生きていける社会です。「健康」について言えば、私は、生命の営みの全ての瞬間は「動的平衡状態」にあり、「健康」と「不健康」の両方を併せ持っていると捉えています。その状態をできるだけテクノロジーで良い方向にもっていければ、と考えています。

 

 

人生そのものを見つめて

 

「医療」と「日常生活」の間も同様に、境界線はないと思っています。病院で治療を受けていた患者が退院したとたんに障害者や要介護者に変わるのは、その人が変わったのではなく保険制度によって区分されただけです。しかし、本来私たちが対象にすべき領域は、一人の人間が生まれ、活躍し、年老いて亡くなっていくプロセスの全て、人生そのものであるべきだと思うのです。

 

 

私たちの未来は、どのようなテクノロジーを創り出すかによって方向づけられるでしょう。病院でも家庭でも職場でも活用できるサイバニクス技術を駆使した「サイバニック・インターフェイス/デバイス・システム」を創り出し、多くのチャレンジャーとともに、未来の医療イノベーションと医療福祉の実現に挑戦し続けたいと思っています。

 

聞き手・文 八木純子

 

 

 

CYBERDYNE株式会社
代表取締役社長/CEO
筑波大学教授
サイバニクス研究センター研究統括
山海嘉之先生

 

 

 

 

この記事は有料会員記事です。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう