【新連載】 当たり前を叶えるバリアフリー上映 小川陽子
移り変わるスピードが加速する現代社会で、医療と福祉に求められる新しい価値とは何かを探求して参ります。第1回目は、わたくしがこよなく愛する映画にまつわるイノベーティブな取り組みをご紹介します。
映画を観ることを諦めなくてはならない人たちがいる。少しずつ認知されつつあるバリアフリー上映に、字幕と音声ガイドの自動同期アプリ「UDCast」が本格導入されて丸2年が経った。日本国内では、年間約1200本の映画が公開されるが、作品を自由に選択して映画館へ足を運ぶ当たり前のことが、人によって条件が伴うことに納得がいかないと語るのは、「Palabra株式会社」代表取締役の山上庄子氏。「目や耳が不自由になる可能性は全ての人にあるわけで、その時に、これまで楽しめていたものが遠ざかることは、計り知れないストレスに違いない。自分が好きな映画鑑賞が、多くの方にとって安心して自由に楽しめる娯楽であり続けて欲しい、そのためにはビジネスとして確立する必要がある」と強調する。
スマホと連動し操作
字幕と音声ガイド同期
スマートフォンとメガネ型端末でアクセスする「UDCast」に至ったのは、上映の場所と時間を制限しなくて済み、邦画も字幕で鑑賞できる状況を実現するためだった。字幕付きの洋画には違和感がない映画ファンも、邦画に日本語字幕付きとなると、文字が邪魔だという声もある。洋画につく翻訳字幕も、音なしで観ると厳密には誰が話しているのかがわらないことや、音で何かを演出している場合などは不完全な理解のままだった。音声ガイドについてもナレーションがオープンで流れると、必要のない人にとってはうるさく感じる。聴きたい人だけが利用するラジオ送信機を使った方法もあるが、配信側が映像に合わせて音声をスタートし、上映中は手動でピッチコントロールをする。上映のたびにスタッフが出張し、機材を持ち込んで実施していたのでは、一作品を全国6ヵ所の上映館で対応するとなると限られた場所と時間、一部の人にしか届けられない。もっと簡易的で自由に利用できなければ、バリアフリー自体が浸透していかないということから生まれたのが「UDCast」だ。
このアプリによって対応作品は、全国のスクリーンで同時に対応可能となり、場所と時間を選ばず自由にバリアフリー版を楽しめるようになった現状では、大手配給会社が扱う予算の大きい邦画メジャー作品を中心に導入されており、映画業界としても、マーケットの裾野が広がる期待の一方で、地方などではまだ認知度が低く、社会全体の認識としても過渡期にあるといえる。ただ、これまでの社会にはなかった新たな選択肢をもてることは、確実に需要を生み、一緒に楽しめることが叶えられ、諦めることが一つでも少なくなることは、誰にとっても喜ばしいことだ。
現代では、上映館だけでなく、DVDや配信などでも視聴が可能となり、映画館での鑑賞は「映画体験」といういわれ方をする。他のお客さんと一緒に同じ映画を観るという時間と空間の共有、そして一緒に観た人たちがその映画について語り合うその体験が、一つのエンターテインメントの要素であると、幼少期から自身の肌感覚が知っている。「好きな映画館へ足を運び、チケットを買い、映画と向き合うその時間が贅沢なのだ」と映画館での鑑賞にこだわる山上氏は、バリアフリー版の制作は映画好きにとっては堪らなく楽しい仕事だという。
Palabraで制作をする際には、できる限りその作品の監督やプロデユーサーにも立ち会いをお願いし、言葉のニュアンス、表記はひらがなとカタカナどちらが適当かなど、監督が演出する意図を訊けばそれを正確に反映させたくなる。わたくしも音声ガイドの制作を体験させてもらったが、たった1分のシーンを何ども繰り返し観て、その情景を捉えて言葉に表す。まさに習熟と知識を有する作業だ。初校があがると、モニター検討会を設け、実際に利用する視聴覚障がいの方、そして映画制作側の方との意見交換をしながらブラッシュアップする。これまでは、ボランティアが支えてきていた分野だったが、クオリティーの確保という点では、ビジネスとして成り立つべきであり、当事者性、モニタリングで蓄積したノウハウは、信頼に結びつくものだろう。
「UDCast」の使い方は簡単。スマートフォン等にアプリをダウンロードすると最近の話題作が並んでいる。鑑賞したい映画のデータをダウンロードし、上映館に足を運び、座席でメニューを選択して本編が流れるのを待ち、端末のマイクが音声を自動的に拾い同期する仕組みだ。途中から入場したとしても、その時点から同期をかけることができる。字幕の場合には、メガネ型端末で対応している。持ち込みの他に、一部の劇場では音声ガイド用のiPodtouchや字幕用のメガネ型端末の貸し出しもしている。わたくしも、映画をこよなく愛し、ポップコーンの香りがする劇場で映画を観ることが、この上ない時間だ。一映画ファンとして、バリアフリー上映があまねく当たり前になることを、心から願う。
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