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過去の事例踏まえ、十分な対策を
近隣住民より騒音を理由とする反対などを受けて保育所開設を断念せざるを得なくなったケースは、現在も全国的に発生し続けています。保育所の騒音を巡る問題は、保育所を運営する事業者、殊に新たな保育所の開設を計画している事業者にとって、非常に深刻な課題といえます。
保育所の開設をめぐり保育事業者と近隣住民との間で裁判にまで至った事例として、大阪高等裁判所平成29年7月18日判決が挙げられます(なお、同判決は、近隣住民側によって最高裁判所に上告されましたが、当該上告は棄却されています)。
この裁判は、近隣に居住する男性が、保育所の開園後、保育所の園児が園庭で遊ぶ際に発する声等の騒音が受忍限度を超えており、日常生活に支障を来し、精神的損害を被ったと主張し、慰謝料100万円の損害賠償を請求するとともに、保育所からの騒音が50dB以下になるような防音設備の設置を求めたものですが、裁判所は保育所事業者に勝訴判決を言い渡しました。
判決中、裁判所は、騒音による被害が違法な権利侵害になるかどうかの基準について、「侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、当該施設の所在地の地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考察して、被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうか」により決めるべきとしました。
すなわち、騒音による被害が違法な権利侵害になるかどうかは、環境基準や騒音規制などの指標のみに捉われず、騒音の程度、地域環境、地域住民が侵害される利益の内容などさまざまな事情を考慮して判断されることとなります。
この判決については、保育所が発する騒音が近隣住民の受忍限度を超えているかを判断するにあたって、「保育所の有する公共性・公益性」という事情も考慮要素となりうることを明確にした点が注目されます。しかし、留意しなければならないのは、本裁判が、保育所から発生する騒音が常に受忍限度を超えるものではないと判示したものではないという点です。本裁判では、「保育所の有する公共性・公益性」の他にも、実際に保育所が発していた騒音の程度、男性の居住地域のもともとの騒音状況、保育所開園までの経緯及びその間に採られた被害の防止に関する措置などの事情を丁寧に検討したうえで、保育事業者に勝訴の判決を言い渡しています。言い換えれば、保育所開設前後を通じて保育事業者が周辺住民に対して不誠実な態度をとっていた場合には、保育所の騒音をめぐる裁判において、保育事業者が敗訴する可能性も十分あり得ると考えられます。
保育所開設にあたっては、できる限り周辺住民とのトラブルを避けるため、このような裁判例で考慮された事情などを踏まえ、十分な準備と対策を講じておくことが重要でしょう。
【保育事業者に求められる対策例】
・住民説明会を開催し、施設の概要や工事の内容を丁寧に説明する。
・住民の騒音についての要望などを真摯に受け止め、設計の変更などを可能な範囲で検討する。
・送迎時の駐車禁止など、保護者にマナーを守るように呼びかける。
・イベント開催などを通じて地域住民とコミュニケーションを図る。
松田綜合法律事務所
パートナー弁護士 菅原清暁
多数の保育事業者をクライアントにもち、保育所を取り巻く法律問題(設立、近隣問題、労務管理、事業承継など)を幅広く手掛けている。保育所事業者向けセミナーも多数開催。
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