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---ドイツ高齢者ケアルポ---

終末期・共同住宅の最前線

 

 

「現物給付」の半額
8月29日の社会保障審議会介護保険部会で、検討課題として家族介護者への「現金給付」が挙がった。制度創設時には、家族介護の固定化や在宅サービスの普及を妨げ「介護の社会化」に反すること、保険財政が拡大する懸念など強い反対論で退けられていた。それが、現金給付を当初から組み込んだドイツの介護保険制度が評価されだした。

 

デュッセルドルフ市役所を訪ねた際に、社会福祉部長のアンケ・ミューラーさんから意外な話を聞いた。「介護は今までずっと女性が主に担ってきました。介護保険で、それにお金が付いただけ。批判的な議論はありません」。

 

現金給付は、自宅で家族や友人、近所の人、あるいは東欧諸国からの移民などから介護を受けた時に、要介護者自身に支払われる。その報酬を、要介護者が「雇用主」として介護者たちに渡す仕組みだ。

月間給付額は、要介護5で11万7130円(1ユーロ・130円で計算)。要介護5の現物給付25万9350円の半額に満たない。低額の在宅介護を増やすことで、全費用の削減効果を狙っている。

 

会見中、隣にいた職員のステファ・ティルムスさんが、「私の伯父が現金給付を使っています」と話し出した。伯父は要介護2、伯母は要介護4で2人暮らし。共に95歳。伯母は伯父の介護ができないので、近隣の2人の友人が伯父の介護を引き受け週2回来訪。支払いは1人に150ユーロ(1万9500円)。要介護2の現金給付は316ユーロ(4万1080円)だから、2人分を賄える。

 

「伯父夫妻は昔からずっと同じ家に住んでいるので、地域に友達が多い。だからうまくいった」とティルムスさん。「困っているときはお互い様」というボランティア精神が原点だろう。従って、給付が少なくてもあまり問題としない。介護報酬は、「心づけ」「ちょっとしたお礼」とみているからだ。

 

ミューラーさんは、民法の扶養義務規定にも言及した。第160条に直系血族間では親族間の扶養義務を認める、とある。子どもたちが親の介護に向かうのは、法律の存在も大きい。だが、同様の扶養義務は日本の民法にもある。

 

現金給付には、実はドイツならではの仕組みがある。家族や友人などの介護者は正規の「労働者」とみなされ、きちんと労働法規で守られているのだ。年金をはじめ労災保険や失業保険などの社会保険に加入できる。そのため、週の介護時間は14時間以上が必要とされ、他の仕事での就業時間は30時間を超えてはならない。世界に先駆けて、ビスマルクが近代国家の労働法規と社会保険制度を確立させた国だけのことはある。

 

さらに、現金給付の受給者は、地域の訪問介護事業所から半年ごとに介護状況のチェックを受けねばならない。同席した職員は「要介護者がどのような介護を受けているかを調べ、本当に介護を受けているかを確認するためです。なかには、お金だけ受け取って介護をしないケースもあるので」と、丸投げしてはいないと強調する。

 

この現金給付は全体の保険費用の半分ほどを占めていたが、年々減少している。独居高齢者が増えたことに加え、介護者が見つからない家族も増えているためだ。

 

 

ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員
浅川 澄一

1971年、慶応義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。

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