NPO法人日本ケア・カウンセリング協会 代表理事/臨床心理士 品川博二氏に聞く
施設における高齢者虐待防止対策を考える上で、最近注目を集めているのが「アンガーマネジメント」。職員のストレスや怒りの感情をコントロールして行為に及ばないようにするのが狙いだが、ケア現場における様々な感情についてカウンセリングしてきた品川博二氏は単純に「怒りを抑えることではいけない」と警鐘を鳴らす。
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---「アンガーマネジメント」とはどういうものか。
品川 一般にアンガーマネジメントと言われているのは、「怒り感情」を「適切なセルフ・モニタリングで認知を行い、セルフ・コントロール可能な行動の枠組みで、自己表現とコミュニケーションの方法を工夫してゆく」心理学的な理論と技術のことです。
その意味で、私は「アンガー・コントロール」という用語で進めています。そもそも、「怒り感情(アンガー)」とは、私たちの原始的生命力に根源を持つ、サバイバル行動で、これを我慢することが、アンガー・コントロールの目的ではありません。このようなアンガーが抑制された状況は、むしろ抑うつ状態であり、精神科の治療の対象です。問題は、アンガーを適切にコントロールすることにあるのです。
--- 研修ではどうような点を訓練・学習するのか。
品川 大きく分けて5段階に分かれます。
①肯定メッセージ法
②フィードバック・レッスン
③シェアリング・レッスン
④コンセンサス・レッスン
⑤行動形成法(構成的集団認知行動療法)
です。
これを順番に進めていくことに意味があります。要諦を述べると、「腹が立つ」「怒る」、これは人間として自然な感情です。そうした感情を持ってしまう自分や感情自体は否定せず、むしろ肯定的に俯瞰し、そうした感情や業務上のストレスをケア従事者同士で共有し、「爆発させない」ためにはどうするべきかを施設全体で共有することが大切です。
---介護施設や医療施設では、特にどのような点に留意すべきか。
品川 ケアの現場で最も求められることは、患者・利用者の方に対する、ケア従事者のセルフ・コントロールのコンセプト(考え方)とスキルです。
言うまでもなく、ケアリングは、肉体労働と感情労働のウエイトが重いワークです。取り分け、患者・利用者の方が高齢である場合、認知症などで意識レベルに問題が生じていて、一般臨床における患者・利用者の方とケア従事者との間にある、「ケアし、ケアされる」といった感情の交流が整わない場合もあります。
ケア従事者から考えると、単なる患者・利用者の方の要求を満たすだけのケアリング業務では、実はケア従事者自身のストレスがたまっていき、その結果、患者・利用者の方への不十分な対応や、あるいはルール違反の行為へエスカレートしてしまう事案が起こります。
---意思疎通が十分でない中、ケアとは何か、ケアに対する理念が明確でないと難しいのでは。
品川 「他者援助を通した自己成長」というケアリングのコンセプトを理解せず、こうした「世話のやける」あるいは「手間がかかる」ケア業務に携わることには、大きなリスクが潜在的に伴うと言えるでしょう。そして、些細なきっかけで「アンガー・キュー(怒り感情の引き金認知)」を刺激し、セルフ・コントロールを失う結果となります。これは研修を全員で行ったほうが良い理由でもありますが、ケアリングの理念をまず全員が理解しなくてはいけません。
---介護施設や医療施設では、特にどのような点に留意すべきか。また、施設責任者などから、具体的にどんな相談が寄せられているか。
品川 端的に述べれば、介護施設の経営者や管理者が最も恐れているのは、一部のケア従事者がアンガー・コントロールに失敗し、患者や利用者の方に不適切な態度・行動で接し、それが施設全体への「社会的制裁」、評判や評価の失墜につながることですね。社会的に大問題になった深刻な高齢者虐待事件などは言うまでもありませんが、入所者やその家族と民事裁判沙汰になっているようなケースは相当あります。
そうした段階になって相談を受けるケースもしばしばあるのですが、厳しいことをいえばそうなっては手遅れです。また、こうしたトラブルの原因について、個々のケア従事者の性格や心の弱さに求めがちですが、それ以前に、ケアという仕事に不可避な感情の葛藤として、施設全体で共有し向かい合っていく姿勢が大切です。
経営者や管理者の方には、ケア従事者の育成として、介護スキルの向上も大切ですが、まずケアとは何か、自分自身がどのようにケアに取り組んでいるのか、自分自身を俯瞰できるヒューマンスキルを職員に学ぶ機会を設けてあげていただきたい。
---最近は「アンガーマネジメント」「マインドセット」といった単語が介護業界で溢れている。
品川 臨床心理士として、また自分自身が医療ケア従事者である立場から述べると、医療施設でも介護施設でも、ケア従事者のヒューマンスキルの構築は簡単ではありません。アンガーコントロール研修も、目先のテクニックで、一朝一夕で醸成されるものではないという点です。
冒頭でも述べたように、ケア従事者にとってのアンガー・コントロールとは「怒り感情」の単なる我慢ではありません。「他者援助を通した自己成長」としてケアリングの理念を通した感情・感覚のセルフ・コントロールの成果がアンガー・コントロールなのです。手っ取り早い研修はありません。
「あせらず、あわてず、あきらめず」。ある程度長期的な展望の研修プログラムを、私たちの協会では提案しています。
品川博二氏
早稲田大学教育学部教育学科(臨床心理学)卒業。東京教育大学教育相談研究所研究生(行動療法専攻)修了。医療法人直樹会磯ヶ谷病院精神科心理室室長。東京学芸大学教育学部講師『心理臨床実習』(~ 2008 年)。財団法人日本臨床心理士資格認定協会、臨床心理士資格登録。2000 年に特定非営利活動法人(内閣府認証)日本ケア・カウンセリング協会を設立。同代表理事。横浜地方裁判所第4刑事部裁判所招請精神鑑定人(共同)。聖路加国際病院・
精神腫瘍科臨床心理士(非常勤)など歴任。
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