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【連載第163回】過剰な責任追及は社会的損失

 

長野県安曇野市の特別養護老人ホームで発生した誤嚥死亡事故。その控訴審で、東京高裁は一審を破棄して無罪判決を言い渡しました。検察はその後、上告を断念しています。前回は判決に至るまでの経緯を整理しました。今回は控訴審における「過失についての検証」のポイント、この判決の総評、このような過剰な責任追及がもたらすものについて解説します。

 

(前編はこちら)

 

■過失についての検証

 

控訴審では「具体的な予見可能性」について詳細な検討を行っています。そのポイントをご紹介します。

(1)ドーナツによる窒息の危険性
被害者に嚥下障害は認められず、1週間前までドーナツを含む常菜食のおやつ(おやき等)を食べていたが、窒息を招くような事態はなく、ドーナツで被害者が窒息する危険性は低かった。

 

(2)おやつの形態変更の経緯及び目的

6日前に行われたおやつの形態変更は、窒息の回避を目的とするものではなく、嘔吐による誤嚥性肺炎の回避が目的であり、形態変更を知らなかったことが窒息を招くとは言えない。

 

(3)事前に形態変更を把握していなかった事情おやつの介助は介護職員の業務であり、形態変更を療養日誌に記入する欄もなく、口頭で伝えられた事実もない。よって、6日前のおやつの形態変更を被告が知ることは容易ではない。

(4)当日の状況

おやつ介助は、臨時に依頼された介護業務の手伝いで、形態変更も伝えられていなかった。

 

(5)食品提供行為が持つ意味(判決文原文)
被害者について窒息の危険性を否定しきれる食品を想定するのは困難である。そして、窒息の危険性が否定しきれないからといって食品の提供が禁じられるものでないことは明らかである。他方で、おやつを含めて食事は、人の健康や身体活動を維持するためだけではなく精神的な満足感や安らぎを得るために有用かつ重要であることから、その人の身体的リスク等に応じて幅広く様々な食物を摂取することは人にとって有用かつ必要である。

 

 

 

■控訴審判決の評価

 

まず、検察が主張した2つの過失の根拠について、介護現場の事情を踏まえた具体的な検証を加えて、理路整然と否定したことは大いに評価すべきでしょう。

 

1つ目の「被害者の動静を注視すべき義務があるのにこれを怠った」との検察の主張に対し、「17名の利用者のおやつの介助で一人の利用者の動静だけを注視することが不可能である」という、当然のことをきちんと説明しました。2つ目の「おやつの形態変更を確認する義務を怠った」ことについても、「全利用者65名分の相当量となる看・介護記録を、遡っておやつの変更を確認することは無理がある」と、看・介護業務でできることの範囲を明確にしています。これらは、業務上できないことをきちんと判断した点で、介護現場の業務内容を的確に把握していると言えます。

 

もう1つ評価すべきは、検証(5)で、人の生活で避けられないリスクに言及した点です。「食物は全て誤嚥の危険がある。しかし、食事は人の健康や身体活動を維持するためだけではなく精神的な満足感や安らぎを得るためにも重要である」と、リスクと有用性とのバランスが大切だと言っているのです。

 

 

■事故の過剰な責任追及がもたらすもの

 

事故に対する過剰な責任追及を受ければ、施設はリスクの高い利用者を敬遠するようになります。困るのはリスクの高い利用者を抱える家族です。事故の過剰な責任追及は誰の利益にもならないのです。

 

最後に、この判決を誰より喜んでいるのは、外ならぬ無罪を勝ち取った准看護師だと思います。刑事告訴を受ければ個人の一生を左右する問題になります。今回の裁判で最も心配されたことは、検察のずさんな告訴と訴因変更を受け入れて、有罪判決を下した地方裁判所の安易な判断です。検察は起訴時点で事故現場に居た利用者の人数も調べていなかったと言いますから呆れてしまいます。

 

安全な介護 山田滋代表
早稲田大学法学部卒業と同時に現あいおいニッセイ同和損害保険株式会社入社。2000年4月より介護・福祉施設の経営企画・リスクマネジメント企画立案に携わる。2006年7月より現株式会社インターリスク総研、2013年4月よりあいおいニッセイ同和損保、同年5月退社。「現場主義・実践本意」山田滋の安全な介護セミナー「事例から学ぶ管理者の事故対応」「事例から学ぶ原因分析と再発防止策」などセミナー講師承ります。

 

 

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